『届いてくださってある仏様』

関谷 沙羅

2020年4月19日

 

 最近、私が好きなあるご法話をよく思い出しています。こういうお話でした。 

 あるお寺にいつもお参りに来られていた御同行のAさんは、長らくお寺でのお朝事で常連となられていらした方でした。しかし、お年を召される内に徐々に足腰が弱くなられ、これまでのように自由に外出することはできなくなっていました。ある時、住職がお家でのお参りに伺うことになりましたが、外にあまり行かれなくなり、お朝事にも参れなくなってしまい、さぞやお気落ちしていることだろう、と心配したといいます。 

 「こんにちは!」 
 そんな思いで伺うと、「はいはい!」と意外にも元気そうな声が返ってきました。 
 一緒にお勤めをして、お茶を飲みながらお話ししていると、こういうお話をされました。 

 「私はね、歳がいって、足腰がこんなに弱くなって、もう好き勝手には出歩けないようになってしまってね。お朝事も長いこと参らせてもらってきていたのに、お寺にも参れなくなって、情けないなぁとだいぶ気落ちしておった。 
 けどね、ある時、お仏壇の前で、ふとね、阿弥陀様を見たら、思い出したんよ。 
 ああ、そうじゃったな。私が聞かせてもらってきた如来様というのは、「ここまで来いよ」という仏様じゃなくて、如来様の方からこっちへ出向いてくださる仏様であった。私の今いるところにご一緒の仏様だったな。 
 こういう風に聞かせてもらってきたの、思い出した。 
 だからいつもね、朝ここで、一緒にお参りさせてもらってるの。」 


 親鸞聖人は主著『教行信証』にお示しくださいました。「それ真実の経を顕さばすなはち『大無量寿経』これなり。この経の大意は、弥陀、誓を超発(ちょうほつ)して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで功徳の宝を施することを致す。」法蔵は法門の蔵、真理をおさめた蔵であります。功徳の宝とは阿弥陀如来の名号のことです。智慧慈悲の功徳をいっぱいに込めて、私の方からあなたのところへ届いていくよ、南無阿弥陀仏はその功徳がいっぱいにこもった宝であるんだ、との阿弥陀様のおこころをお示しくださったのです。 

 阿弥陀如来はお慈悲の仏様であり、私達の苦しみを全て見抜いてくださった仏様であります。だからこそ阿弥陀様は私達に対して、あれをしなさいこれをしなさい。そういう指図をすることはなさいませんでした。また、あなたはどうなりなさい、こうなりなさい。そういう条件を付けることもなさいませんでした。混沌とした無常の世界を、煩悩のままに生きる愚かな罪深き私に、「罪を改めよ」というのではなく、「その罪深きものを救うために、私が罪人、あなた、を救える仏になるよ」と誓ってくださった仏さまであります。 

 「あなたを救っていく仏は、今、あなたのところに届いて、はたらいておるよ。」阿弥陀様は、そう私達に喚びかけてくださっていらっしゃるのです。Aさんはみ教えから、こっちへ出向いてくださる仏様であった、安心してたらいい、と聞かせていただいていたことを、我が身にしっかりと思い出したのです。だから、私達もジタバタする必要はありません。行ける時は行けばよく、行けない時は行けないがよしなのです。 

 2011年3月に日本で東日本大震災が起こった時も、未曽有の災害によって常識が覆るような日常を目の前にして、私を含めて多くの人々がもがきました。その時に仏教徒の大先輩が教えてくださったアドバイスを今、読み返しています。
 「苦しい時は苦しいまま。嬉しい時は嬉しいになりきる。誤魔化さないこと。」 

 私達はともすると、「苦しい時は、捨てればいいのでは?」と思ってしまいます。苦しみの元を捨てようとか、明るく考えてみようとしてみる、などです。しかし仏教が示すのは、捨てる捨てないの二元ではありません。縁起を観ることを説くのです。縁起していることに善悪はありませんし、少なくとも今だけで判断することはできません。物事には色々な面があり、どれかだけということはなりません。縁起は智慧の目を持たない私達には受け入れがたい現実としても、阿弥陀様の智慧と慈悲のお念仏をしっかりといただく私達としては、今縁起していることをそのまま受け止めていくことができるはずです。

 すぐには終わらせられないこともある。すぐには楽になれない時もある。仏様の智慧に導かれて、そのように理解することができたなら、私も煩悩に無闇矢鱈と踊らされることはないのでしょう。今、阿弥陀様が届いてくださってある。今ここでこのままに、届いてくださってあるご縁がある。その今をいただき切って、ご縁から目を逸らさない中に、底を打ったかのような暗闇の中で、光を見つけるはずです。変わらずにある光を。智慧慈悲の功徳がいっぱいに込められた宝が、今ここに届いてあって、はたらいてくださってある。ああ、これで、ここで、よかったんだ、と分からせていただけることでありましょう。私達は、お念仏をいただいているのです。だからこそ、どんな時でも、その時にしか無い、その場所にしか無い、このご縁をただ、しっかりと、味わうことであります。

 

南無阿弥陀仏 

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